人工股関節・人工膝関節の最新知識
浅草病院人工関節センター長
東北海道病院非常勤医(2024年4月から)
望月 義人
人工股関節の最少侵襲手術(MIS)
正座もできる
回復が早い
MISで全て解決
スポーツもできる
曲げても脱臼しない
最少侵襲手術 (MIS:エムアイエス)
治療部位の切開(侵 襲 )の程度をなるべく小さくし、患者 さんの体にかかる負担を少しでも軽くしようという手術手法 を、最小侵襲術あるいは低侵襲術といいます。人工関節置換 術における最小侵襲術では、皮膚を切開する長さを短くするだけでなく、筋肉を切らずに温存するといった方法で、患 者さんにやさしい手術の実現を図っています。特に人工股関節では、MISで行うことで、入院期間が大幅に短くなったり、術後に脱臼を気にせず生活することが可能となります。
人工股関節のアプローチ
手術の際にどこの皮膚を切って、どこの筋肉のところから股関節まで到達するかをアプローチといいます。人工股関節手術には何種類ものアプローチがあります。実は、このアプローチが手術後の痛みやリハビリ期間、術後の生活や合併症などの全てに大きくかかわってきます。アプローチは大きく分けて後方、側方、前方に分かれます。その中で、前方アプローチは筋肉を切らないで行う最少侵襲手術(MIS)です。後方や側方でも,、筋肉を切る量が従来の方法よりも少ない場合(完全に切らないわけではありません)、MISと言っている医師もいます。
後方アプローチ
後方アプローチは、名前のように股関節の後ろ側の皮膚を切って手術する方法です。後方アプローチでは後ろ側にある筋肉を切りますので、手術後の痛みが強く脱臼もしやすいという問題点があります。その反面、股関節が非常によく見えて手術をする医者にとっては、非常にやりやすい方法です。いまだ、日本で最も多く行われている方法です。また、ヨーロッパやアメリカのように、体の大きな患者さんの多い地域では、後方アプローチで手術されている割合が非常に高いです。
側方アプローチ
側方アプローチは股関節の横から皮膚を切って入っていく方法です。股関節の外側にある大臀筋や中臀筋という非常に大きくて重要な筋肉を骨からはがして手術を行います。手術の最後には切り離した骨や筋肉を再度結び付けます。側方アプローチは手術する場所が見やすく、後方アプローチほど脱臼は起こりにくいです。デメリットは、骨や中臀筋を一度切るので痛みが強く、筋力も低下するためリハビリには時間がかかることです。また、再度結び付けた骨や筋肉がしっかりつかないと、その後も筋力が回復しなかったり、歩行が不安定になったりします。
前方アプローチ
前方アプローチは、前側の筋肉の間から股関節に到達する方法です。どの筋肉の間から入るかによって前方(Direct Anterior Approach : DAA)と前外側(Anterolateral Approach: AL)に分かれています。また、ALは手術の際に患者が横向きに寝た状態で行うOCMと仰向けで寝た状態で行うALSに分かれています。どちらの方法も筋肉そのものは切らないので、痛みが少なく脱臼しにくい特徴があります。私が以前勤務していた病院でも、昔は後方アプローチで人工股関節置換術を行っており、退院まで術後3週間以上かかっていました。前外側アプローチに変えてからほとんどの方が術後10日目に退院しています。また、脱臼の心配が少ないため、日常生活での制限が非常に少ないのが利点です。そして、脱臼しにくいため足の長さを長くする必要がありません。そのため、左右で足の長さが違うなどの問題が起こりにくいです。反面デメリットとして、前方系アプローチは筋肉の隙間から患部を見て手術するので、筋肉をしっかり切ってしまう方法に比べて視野が狭く手術が難しくなります。そのため、手術を行える医師が限られています。
一歩進んだMIS(関節包温存THA)
股関節の周りには関節包と言って、非常に丈夫な組織が覆っています。従来は、この関節包を切除して人工股関節を入れてきていました。私たちは、関節包を一部だけ切って、手術後にもう一度縫い閉じてくるやり方を行うようにしています。関節包を温存することで、手術の難易度は上がりますが、出血が少なくなることや、股関節が安定してさらに脱臼しにくくなると考えられています。
MISのメリット
痛みが少ない
痛みが少ないため、リハビリが早く進み、入院期間も短く済みます。また、退院時には杖が不要な方も多いです。
脱臼が少ない
脱臼が極めて少ないため、正座や和式トイレ、水泳などのスポーツなども全て制限なしで行えます。
出血が少ない
筋肉を切らないので出血が少ないです。輸血や自己血などはほとんどの方で使いません。
脚長差が出にくい
脱臼の不安がないので、脚の長さを左右でそろえることができます。術後の歩行しづらさなどが生じにくいです。
MISのデメリット
手術が難しい
MISでは筋肉切られていないので、手術で見える範囲も狭く、手術は非常に難しいです。
行える医師が限られている
手術が難しいので、どの医者でも、どこの病院でも行っているわけではありません。
できない時もある
変形が非常に強い場合には、MISではできない場合や、MISだと股関節の動きなどが良くならない時があります。
人工股関節を入れた足が、長くなってしまうことがあります。足の長さが左右で変わってしまい、歩くときに不自由を感じることがあります。これは特に後方アプローチで起こりやすい合併症です。なぜ、このようなことが起こるかというと脱臼しないために足を延ばした結果です。足、特に人工股関節の部分を長くすると、周囲の筋肉や関節包が突っ張り安定したり、大腿骨と骨盤の骨がぶつかりにくくなったりします。そのため、後方アプローチのように筋肉を切ってしまい、股関節が不安定になりやすい場合は脱臼しないために足を延ばす必要があるのです。